2010年6月30日水曜日

coldest winter









今月、フランスにいる間にアボジの10回忌を迎えた。




















フランスの花屋さんでみかけるたびになんていう名前かなあと思う花。


















今年に入ってからちょっとづつ読んでいる本。デイビッド・ハルバースタムの「The Coldest Winter 」の日本語版。







ハルバースタムの本は学生のときに「ベスト&ブライテスト」を読んだきりだけど、2007年に彼がベイエリアのメンロパークで事故にあって亡くなり、そのとき、彼の最後の本となる完成させたばかりの本が朝鮮戦争に関するものだと知って、きっと父が生きていたら手にとったであろうその本を読んでおこうと思った。かなり進みは遅いけれど、最後まで読むつもり。










2010年6月29日火曜日

メッス。







6月10日、7日目。







朝8時のTGVに乗って、Metz にいるオリヴィエのおばあちゃん、ジャンヌに会いに。東駅でお花を選び















5年ぶりくらいのTGV。乗ってみたらきれいに改装されていた。テーブル周りや個人ランプが使いやすくなっていたし、シートはプラムとオレンジの色合わせ。
















メッスまではパリから1時間半。レオンのひいおばあちゃんだよ。
















レオン、勝手に缶をあけて、やったー!と喜びの声。













クッキーやチョコレートが入っていたのでね。







そうそう、わたしも小さい時ハンメのお家にいったら缶を開けて、中のキャラメルやチョコレートをぱくついていたよ。今日は何が入っているかなあって。
















ずっと子供のころから通ったおばあちゃんの家なので何かしたいらしく、庭仕事など数時間。







お昼は近所にあるジャンヌお気に入りのレストランにて。今までは毎度ジャンヌの手料理をおいしくいただいてきたけれど、87歳、膝を悪くしているおばあちゃんに今日くらいは孫がごちそうしたいということで。

















わたしは salade gourmande グルマンドサラダ。フランス7日目で四回目の注文。これは土地自慢の野菜や生ハムなどのてっぺんに、一枚のフォアグラが鎮座するサラダ。















オリヴィエは毎度、フォアグラだけ決まって味見させてという。







家に帰る途中、小さい頃に遊びにきていたという公園にも立ち寄った。














オリヴィエは一日中、とっても嬉しそうだったわ。











夕方にはパリに戻り、オリヴィエは夜、写真家のもうひとりのロアンに会いにおでかけした。








2010年6月28日月曜日

お気に入りのディナー。





6月9日、6日目。





午後の便でパリへ戻るので、午前中は20分くらい内陸の Bayonne へ観光に。

















バイヨンヌはあいにくのお天気。これでノックするのかな。















バイヨンヌ名物の jambon de bayonne 生ハムをランチに食べて、そのあとは Anglet の plage des cavaliers へ。


















このカヴァリエビーチも良い波がくるみたい。オリヴィエも、ここでキャンプしながらサーフィンしたという昔を回想。



















ビーチ近くの芝生で寝袋で寝ていたら、ホームレスと勘違いされて通報されたらしい。







とにかく、このフランス南西部アキテーヌ一帯の太平洋沿岸がサーファーにとってたいへん魅力的だということがよくわかった。










夕方、パリに着いてレアルのシタディンにチェックイン。近くの Monop' へ夕飯の買い出しに。リエットとシェーブルとマッシュのサラダと


















一年間、食べたくて我慢してきたものばかりどっさり買い込んで。レオンも肉コーナーでしっかりスシソン(ドライソーセージ)を選んで買い物かごに投げ込んでいた。ちゃんとほしいものは分かるんだなあ。

















立派なスシソンの3分の一本をひとりで平らげた。











2010年6月27日日曜日

サーフィンの町。








6月8日、5日目。







フランスでいいなあと思うのはバゲットやクロワッサンがおいしいこと。














パリなら通りひとつ曲がれば別のブーランジェリーがあるくらいだし、毎日食べる主食がとことんおいしいというのはその国の食文化の底力みたいに思える。フランスが長い子にそんなの普通じゃあないの?と言われたけれど、そう思えるのがうらやましいわ。







オリヴィエが朝のサーフィンを終えたら

















隣町の Hossegor へランチに行ってみた。オスゴーでは、WTC Quicksilver pro が毎年開催されていて、ダウンタウンにはサーファーズブランドがひしめきあっている。ここらへんのサーファーはよく64というスティッカーを付けていて、その「64(soixante quatre)」というバスクのメーカーのお店もあった。

















64というのは、フランスのバスク(ピレネー・アトランテイック県)を示す県の数字。スペインとフランスにまたがるバスク地方は郷土色が強く、固有の言葉も守られている。オスゴーやセイニョスはランデというバスクの隣に位置する県だけど。





















ロアンの部屋には、サーフボードが9本もあった。もうちょっと大きくなったら、レオンを海につれていくとロアンが言っている。レオンは














サーファー用の通販雑誌を読んでいます。









2010年6月26日土曜日

バスク織り。





6月7日、4日目。





午前中、St Jean de Luz にある Jean Vier のアトリエに行ってきた。バスク織りのハウスリネンを探していたので、ここで見つかるかなと思って。












le linge basque バスク織りは7本のラインが入っているのが基本。記念にテーブルナプキンやブランケットを選んできた。







このあとはSt Jean de Luz のビーチでランチとひとやすみ。ビアリッツより気持ち静かで、過ごしやすそうなシックな町。ビアリッツのグランドプラージュはあまりの込みようでビーチに場所をとる気になれなかったからなあ。

















まわりはなんとなく英国やスペインの家族連れが多い。ロンドンからは直行便があるみたいだし、スペインはすぐそこだし。







夕方、ロアンのアパートがある Seignosse へ。ロアンはパリへ帰り、我が家はここで二晩、泊めてもらった。
















ビアリッツから30分のセイニョスは、夏の避暑用住宅がほとんどなんじゃないかという感じの町で、アパートをみあげるとあちこちにサーフボードがかかっている。






ロアンのところもたぶん70年代に建てられた部屋で、美しいタイルがあちこちに敷きつめてあった。















タイルってきれい。










2010年6月25日金曜日

スペインのサンセバスチャン。





6月6日、三日目。






この日はスペイン側へ行ってみた。St. Sebastien という街まで、車でたったの45分。わたしは初めてのスペイン。行きの車で Hola! と Gracias! をたくさん練習しておいた。















サンセバスチャンはちょっと調べるとでてくるでてくる、美食の街、というタイトルが。














バールに入って、pintxos ピンチョスと呼ばれる串料理など好きなものを好きなだけお皿にとって、ぐいっと一杯。というのが定番スタイルらしい。しかも大事なアドバイスは、ひとつのバールで食べ過ぎないで、バールを次々はしごするというもの。















我が家も3軒はしごしたのだけれど、行く先々つい自分好みの似たものを選んでしまうのが慣れてない証拠。オリヴィエはイベリコハムなどの生ハムものばかり、わたしはタコばっかり。だってこのタコ、信じがたいくらいに柔らかいんだもの。















この日はロランギャロスの決勝戦があって、ナダルが出ているものだからどこでもテレビ前が込んでいた。ナダル、すっかり大人の男になっちゃったね。
















最初の一杯のあと、わたしはミネラルウォーターにしたのだけれど、オリヴィエは3杯飲んだあたりから明らかにほろ酔い。酔いを冷まそうと街歩きしていたら、教会にたどりついた。


















入ってみようよ、と言ってもオリヴィエは座り込んでひとりニコニコしているだけ。レオンはおやつのエビ満月をもっとちょうだい、とぶーたれている。















入ってみたら血中のアルコール分が飛ぶような荘厳壮麗な教会で、あとから調べるとこのサンタマリア教会は12世紀に建てられたものだった。
















海沿いのベンチでいびきをかいていた。







レオンははじめての回転木馬。














つぼにはまったらしくて、口をあけたまま大喜びしていた。たぶん、やったー、できたーって叫んでいたんだろうね。




















美食の街ってことはくいだおれの街。おいしそうなおやつもたくさん見かけたのだけれど、お腹がふくれすぎてて入らない。















そろそろフランスに帰ろうかと駐車しておいたところへ戻ったら、車がなくなっていた。警察に牽引されたらしい。これでさすがにきれいに酔いが醒めたみたい。














居住者専用のレーンに停めていたらしく、街の中心地にある警察署までとぼとぼ15分。罰金156ユーロを払って、車が盗難されなくてよかったよねえと言いながら帰ってきた。休暇だから、やっぱり気分が軽いんだわ。スペイン、楽しかったね。










2010年6月24日木曜日

やっぱり波。






6月5日、二日目。





一晩ゆっくりして翌日の午前中はビアリッツをひと巡りした。

















ビアリッツ、オリヴィエにとって一番の魅力はやっぱり波。知る人ぞ知るヨーロッパ有数のサーフィン天国なんだって。



















お昼はホテルに戻って le Ponton で。レオンが旅の興奮からかすぐに「やったー」「できたー」と大声でいろいろ知らせてくれるので、開店一番に入って、さっさとサービスしてもらう。

















わたしが選んだのは白身魚のグリルで大当たり。この日の rouget (ニシヒメジ)も、翌日の dorade (タイ)も魚がおいしい!と久しぶりに実感した感じ。特に dorade は脂がのっていて、グリルでパリパリの皮ともう最高、オリヴィエに味見させるのがおしかった。












この後わたしとレオンはお昼寝。オリヴィエは、今朝着いたばかりのロアンと待ち合わせてサーフィンへ行ってきた。パリに住んでいるロアンはこっちにアパートを持っていて、週末はサーフィンをしに通ってくる。冗談じゃなく、サーフィンに人生を捧げているような人。







夕方、ロアンのアパートへ。サーファー男4人の仲間に自分も入りたいらしくて、うろちょろするレオン。
















晩はみんなでビーチ沿いのブラッスリーへ。




レストランで小さいボーイズを見ててあれ?と思ったのが、えり付シャツを着ている子が多いということ。夜はヨーロピアンらしく、子供でもえり付を着て出掛けるんだわ。その子たちの大人然とかわいいこと。















しばらくしたら、レストランで居合わせた子供たちがレストラン前で chat と呼ばれる鬼ゴッゴを始めた。5歳とか6歳のお兄さんやお姉さんたち。レオンもどうしても混じりたいらしく、やったー!できたー!とひとり叫びながらみんなの周りを走り回っていた。レオンは「鬼」の子を真似して必死にお兄さんたちにタッチしている。わたしは、レオンが押しすぎはしないかと心配で。







そんなわたしにロアンがひとこと。子供って、なんとか遊びに入る方法を知ってるんだよ、だから大丈夫。ほんとだね。









2010年6月23日水曜日

ビアリッツ。






6月4日、初日。







パリのCDG空港に到着して、その足ですぐにオルリー空港へ行って、南西のビアリッツへ。













パリから1時間で到着。





今年は家族の行事がないので、一週目はバスク地方のビアリッツでのんびりすることにした。どうしてビアリッツかというと、オリヴィエが「フランスのどこに住んでもいいと言われたらここが候補だ」というから来てみたかったわけ。ビアリッツといえば、ちょっとリュクスなリゾート地なんだけど。






泊まったのは Hotel Le Biarritz 。ホテルのレストラン le Ponton はこの日、週に一度のバスク料理のブッフェで、土地自慢の品々がずらり。















charcuterie と呼ばれるジャンボン(生ハム)、パテ、スシソンなどが名高いらしい。








もうひとつ、ビアリッツの特徴のひとつはタラソテラピー。タラソを受けられる施設が4カ所くらいあって、このホテルはそのひとつが隣接している。海水をひいた温水プールに入れるので、レオンも「やったー」「できたー」と大喜びだった。最近嬉しいときは、やったー、と、できたー、が出てくる。
















休暇先をビアリッツにするかどうか考えていたとき、タラソテラピーは決めてのひとつだった。future maman と言って妊婦でも受けられるコースがあるというので。ところが問い合わせてみたら、やっぱりマッサージやオイルはあまり妊婦には勧めるものじゃなく、いくつかフェイシャルや足なら問題ないという程度のもの。どちらかというと産後におすすめらしかった。まあいいわ。休暇だから気分もおおよう。








機内のレオンは、それはもう旅慣れた紳士のようだった。













エールフランスのキッズミールについてきた付録を並べて遊ぶレオン。






もとはパリで一泊してからビアリッツに飛ぶ予定だったのだけど、パリ行きの6月2日のフライトはエンジントラブルでキャンセルになって、3日に飛んだので一日短くなってしまって、それをうめるために直接ビアリッツへ行くことに。






サンフランシスコからパリまでの9時間半、なんとレオンは一度も泣かなかったし一度もぐずらなかった。どうして?と聞いてみたかった。睡眠こそ2時間ちょっとだったけれど、周りの乗客にも驚かれるほど tres sage、おりこうさんで。こんなことってあるんだねえ。









2010年6月22日火曜日

父の日のクロワッサン。









引っ越した二日後に、年に一度のフランス帰国休暇に出て、先週やっと戻ってきました。








その数日後が父の日で。時差ぼけでレオンとわたしは明け方3時に起き、レオンは眠っているパパへ鼻ビズをお見舞い。自分の鼻先を相手の鼻へこすりつけるもので、自分で発明したみたい。
















なぜかレオンの鼻がぬれていて、オリヴィエは「やだー」と笑いながら起きてきた。







午前中は用事をすませて、お昼近くにオリヴィエがクロワッサンを仕込み始めた。手作りのなんて初めて。


















昼前に始めたのに、焼きあがったのは夕方7時。手のかかる子だった。試焼きをはふはふ言いながらかぶりつく二人。



















家中、よだれがでそうなよい香りでいっぱいだったから、冷めるのを待つなんて大人でもできない。



















なんと、レオンも巻くのを手伝ったらしい。わたしがお昼寝している間に。







できあがったのは全部で18こ。クロワッサン特有のあのバターの香りがなんともいえなくって、半日で完食だった。



















どうしてクロワッサンの日曜になったかというと、帰りのシャルルドゴール空港でわたしが機内のひまつぶしにと買った小型雑誌のおかげ。シュケットとかパットゥ・ドゥフルイとか、家で作るのは面倒で外で買うような、フランスの街にあふれるおいしい食べ物のレシピが満載。















次々に作りたくなるようなレシピばかり。この料理雑誌を手にとって、大正解だったよ。